明るい無職は農家になりたい

非農家無職33歳が農家を目指す。

明るい無職の天上天下唯我独尊自分大好き塾

明るい無職には後悔があります。
それは、三十年もの間、自分に愛を感じなかったことです。
そうです、無職にはLoveが足らなかったのです。

世の中生き辛いな、そう思ってる人の大半は明るい無職と同じLove不足です。
略してLove足です。

何故Love足だと気づいたのか

無職がとても楽しい、それがLove足に気がついた原因です。
無職なんて誰でも楽しいんだよ!
とお思いですか?いいえ、それは違います。

無職が楽しいなら、世間の人は何故無職にならないのでしょう。
それは無職が辛いからです。
世間の目も冷たく、お金も入ってこない、暇すぎる、インプットもアウトプットも無い。
これらの悩みはサラリーマンになれば全て消えます。
だから皆、サラリーマンになるのです。

しかしこれはLoveが足らないLove足です。

無職とはLoveに満たされた至高の存在

では無職が楽しいとは何なのか。
一つ一つ説明します。

世間の目が冷たい

自分は無職なのだから冷たくされて当然、という思い込みです。
Loveがあれば、自分は正当な理由で退職したのだから後ろ指を指されることは無い。と割り切れるので、挨拶も堂々とできますし、近況を聞かれてもハキハキ答えられます。
そんな前向きな人をコソコソ言う人は少数ですし、言う人は嫌われ者でしょうから気にしない。

お金が無くなる

金銭的な余裕のなさが気持ちを圧迫する、というのは心理上仕方の無いことですが、やはりLove足と言えます。
お金がないと感じるということは、散財を求めているということです。
散財というのは、お金で快楽を求める行為です。Loveがあれば快楽は己への愛で解消されます。
キャバクラにウン万突っ込むより、家で寝るのが楽しい、というのもLoveよるものです。
寝るのは身体も休まりますし、脳内がLoveで満ちていれば面白おかしい夢が見られるものです。
この可能性に満ち溢れた世界で見る面白おかしい夢とはもう言葉にできない程面白いのです。
それを捨てて夜の街に繰り出すなんて、ねぇ、勿体ない。

暇すぎる

これも上記と似てはいますね。
Love足の人は暇を自分一人では解消できないのです。
自分に愛がないから、自分相手に遊ぶことが出来ない。
だからお金や時間を使って暇を潰しに行こう、というのがLove足の特徴です。
しかしLoveがあれば一人遊び上等です。
現に無職は庭いじりという遊びを見つけ、そこから農業にまで発展しました。
これは、庭いじりが楽しい自分が大好きだから成しえた技です。
え?ワイ庭いじり楽しいと思ってる……やだ……カッコいい(トゥクン)。
Loveに満ちていれば一人遊び最強なのです。

インプットアウトプットが無い

これは上記全てが混ざった状態です。
後ろめたい、お金が無い、暇だ、この全てが組み合わさって身動きが取れなくなり、そんな自分が嫌だから人との関係を薄くして発言も控えてしまう。
Love足末期です。
もう言わなくても分かるでしょう。
Loveがあれば外に出ても怖くありません、お金が無くても浪費の必要がないのでネガティブになりません、暇はいくらでもインプットアウトプットに費やせるのです。

どうですか?

無職になりたくなってきたでしょう。

全国の無職は自分の中にあるLoveに目覚めるチャンスなのです。
もちろんサラリーマンであっても、Loveに目覚めることで生きやすくなるはずです。
しかしサラリーマンは様々なしがらみに縛られLoveに気が付きにくいポジションなのは間違いありません。
ですが無職は違います。
世界で一番Loveに近い存在と言えるでしょう。

さぁあまり長く描いていると無職自身も
俺何言ってんだろう
状態になってくるので、この辺りで〆るとしましょう。

レッツLoveです。

己を愛する才能は人間生まれながらにして持っているのですから(キリっ)